トロンボーン
協奏曲
(Vast Ocean II)


この曲は特に思い入れのある作品で、それには長い個人的な歴史がある。

今から18年前に遡ろう。

時は2005年。
ドナウエッシンゲン音楽祭、という世界最古の音楽祭、しかも、全曲世界初演、というハードコアなドイツの現代音楽祭がある。
そこからの委嘱で、ある曲が世界初演された。それが「Vast Ocean」。トロンボーンとオーケストラ、ライヴ エレクトロニクスの為の曲だ。

この作品を書いた頃は、大学院を卒業してそのまま博士課程の勉強をしていた。そんな時に書かれた曲。大学とは関係のないあるプロジェクトで僕のメンターであったペーテル エトヴェシュ氏が、僕の音楽をドナウエッシンゲン音楽祭の監督に紹介し、即座に委嘱、エトヴェシュ氏の指揮で世界初演、と決まった。

その上3週間SWR放送局にある実験音楽の為の電子音楽スタジオで、エレクトロニクスを作って良い、という特典付きだ。

世界初演の時は僕は28歳とかそんな感じだ。

この作品のインスピレーションは、その時に夢中になっていた小説「ソラリス」から来るものだ。
この10年後に僕の一つ目のオペラ「ソラリス」がシャンゼリゼ劇場で上演されるなんて思ってもいなかった28歳の時。

そうして作られたこの曲は、オーケストラが二郡に分かれて、ややこしい電子音楽がリアルタイムで反応して、という曲で、世界初演はとても上手く行った時記憶している。

この大掛かりな曲は中々再演されない。音楽界の友人は、「藤倉さんが70歳になった時に、その記念公演とかで、なんでもして良いですよ、みたいなイベントなら再演できるんじゃないですか?でもその時までに藤倉さんが活躍してたら、ですが」と言っていた。

僕はずっとこの作品を大幅に書き直したかった。それは再演するのが大掛かりだから、だけではなく、音楽的にも不満だった。

そうしているうちに月日だけは流れる。

そんな時に、広島交響楽団の事務局の方が、「今度惑星、宇宙をテーマにコンサートするけど、藤倉さんそんなテーマの曲ありますか?」と聞いてくださった。

すぐさまにこの「Vast Ocean」を思ったが、書き直させて欲しい、とお頼みした。
すると、改訂初演をする前提で委嘱をしてくださった。

そしてこの改訂作業を始めたのだが、これが一年以上かかった大仕事。

若い時に書いた楽譜なので、ごちゃごちゃと音数だけが多い。電子音楽の部分も、不必要にも思えた。

作曲家というのは一から書きたい人間。だから書き直しが一番つらい。

長い間をかけて書き直していくうちに、もう原型が分からないほどになっていき、これは実際「新作」になってしまった。

今、46歳なのだけど、作曲に関しては28歳の時より、ずいぶん自分が頭で思い描いているように書けるようになった。

オーケストラも2グループに分けたりとかせず、トロンボーンのソロと、オーケストラが良い形で演奏できるような体制の楽譜になったと思う。

Vast Oceanとは広大な海、という意味だが、もうこの作品の元のインスピレーションが「ソラリス」の本である、と知った皆さんは、それがどんな海であるか、はお分かりですね。

そう、この地球にはない世界を描こうとし、トロンボーンはそこに到着した人、その目線での世界観なのです。

藤倉大