Past Beginnings


フォルテピアノ奏者、小川加恵さんからのリクエストを受けて作曲した、ソロのフォルテピアノのための作品。フォルテピアノといえば、もちろんピリオド楽器。

小川さんから依頼を受ける1年くらい前まで、僕はピリオド楽器のための作品を書いたことはなかった。それなのにある日から、まるで”ピリオド楽器のための作曲集中期間”とでも定められているかのように、立て続けにピリオド楽器のための作曲依頼が入った。ヴィオラ・ダ・ガンバ、ナチュラルホルン、フラウト・トラヴェルソ、チェンバロ…と。
そんな時に小川さんから依頼を受けたので、これは運命だ!と思い、着手した。

実は数年前から個人的にフォルテピアノにとても興味があり、たまたまポーランド国立ショパン研究所に行った時に、楽器に触らせてもらったりもしていた。でも今回作曲するにあたり、実際に小川さんにフォルテピアノを弾いてもらって驚いたのは、その音色の多彩さだ。低音と高音では同じ一台の楽器なのか?と思うくらいに音色が異なるし、ダンパー・ペダル(サステイン・ペダル)を使った時の音の減衰の仕方もとても面白かった。僕のこれまでの現代のピアノのための作品では、ダンパー・ペダルを使わない指定が多い。今回はこのフォルテピアノ独特の音の減衰の速さを活かして、色々な表情を引き出せるような作品にしたいなと思った。

もっとも衝撃的だったのは、フォルテピアノが持つもう一つのペダル、モデラートペダル。劇的な音色の変化が生まれる。このペダルを多用した時の音色の変化に惹かれた。

こうしてそれら2つの、僕にとっては新しい音の響きをミックスできないか、と考えたのだ。結果として、僕の作品としては初めて曲中を通して常にダンパー・ペダル を使用し(フォルテピアノならでは、の音の減衰を生かし)、音色を変化させるモデラート・ペダルを使った音、使わなかった音、が交互に素早く鳴るように書かれている。小川さんと何度もセッションしながら完成したこの作品。楽器の特性を最大限に生かしたいな、と思いながら。18〜19世紀の演奏法にはない新しい奏法や、ペダルの使用指示も登場することになった(らしい)。

作品タイトルは、小川さんと相談して決めた。フォルテピアノという過去の遺産を、遺産のままで終わらせるのではなく、現代を生きる作曲家と演奏家が21世紀に過去の遺産をどう活かし、継承していくか- 古くに作られた楽器が新しい時代の着想を得て、再び息を吹き返し、鼓動を始める- そんな可能性を感じてほしい、という願いを込めた。

藤倉 大 (編集:滝田織江)