インタビュー『アルマゲドンの夢』

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新国立劇場が日本人作曲家へ創作委嘱し、新作オペラを世界へ発信するシリーズの第二弾。大野オペラ芸術監督が白羽の矢を立てたのは、ロンドンを拠点に活動する藤倉大だ。
藤倉は、名門オーケストラ・劇場などから数多くの委嘱を受けて作曲するだけでなく、ジャンルを超えたアーティストとのコラボレーション、音楽祭の芸術監督を務めるなど、枠にとらわれない精力的な活動で音楽の新時代を切り拓いている作曲家。
まだ40代前半ながら、『アルマゲドンの夢』は3作目のオペラとなる。
SF作家H・G・ウェルズの短編小説をもとに、台本作家ハリー・ロスと共に創り上げたオペラ『アルマゲドンの夢』の世界について語っていただいた。

文:後藤菜穂子(音楽ライター)
新国立劇場ジ・アトレ2020年6月号より


H.G.ウェルズ『アルマゲドンの夢』は時代を先取りした物語

――『アルマゲドンの夢』は藤倉さんにとって三作目のオペラになりますが、今回この題材を選ばれた理由は?

藤倉 大野芸術監督からオペラの委嘱のお話をいただいたときに、ひとつだけリクエストがあり、それは「今日的意義をもった題材にしてほしい」というものでした。それで、古今東西の数多くの小説を読みあさったのですが、そうした中で、H.G.ウェルズの短編『アルマゲドンの夢』に出会ったのです。なぜかわからないのですが、最初から強い興味を惹かれました。
 それまでに『ソラリス』と『黄金虫』という2作のオペラを作曲しましたが、今回は誰でも知っていてイメージができあがっている作品ではなく、有名な作者によるマイナーな短編を探しました。なぜ短編かといえば、オペラの場合は映画や芝居とちがって、歌やオーケストラの音楽によって物語が引き延ばされます。なによりも翻案する上で「想像の余地」のある物語がほしいからです。その意味で、『アルマゲドンの夢』はぴったりでした。


――H.G.ウェルズ(1866〜1946)といえば、SFの父とも呼ばれており、『タイムマシン』や『宇宙戦争』などが知られていますが、この短編はよほどのファンでないと知らないのではないでしょうか。よく見つけましたね!

藤倉 今回の台本作者のハリー・ロスは少年時代からH.G.ウェルズの小説に親しんでいて、大好きな作家だそうですが、その彼でも知りませんでした。第一次、第二次世界大戦の前、1901年に執筆された短編ですが、独裁者のような人物も出てきます。まさに時代を先取りした、今現代にも通じる作品だと考えています。


――たしかに独裁者らしき人物が出てきますが、描かれ方がやや漠然としている印象があります。

藤倉 それは、夢の中のストーリーだからです。漠然としているとも取れますが、僕自身はむしろ流動性があると捉えていて、演出家によってさまざまに解釈できる点で長所だと思います。時代を超えた政治的な夢だといえるのではないでしょうか。


――台本作者のハリー・ロスさんとはどのように共同作業を進められたのでしょうか。

藤倉 ハリーと僕はロンドンの音大時代からの長い付き合いで、当時彼は声楽を学んでいました。今はプロデューサーとしてイベント企画などに携わっていますが、そのかたわら詩人として20年にわたって僕の声楽曲の歌詞をすべて提供してくれています。ただ僕たちがオペラでコラボレーションするのは、大学生の時に一緒に作ったオペラ以外では今回が初めてだったので、とても嬉しかったです。
 まったくの偶然なんですが、ハリーと僕は学生時代に、列車の中の会話から始まるオペラを作曲したいというアイデアを持っていて、実際に企画書を作っていろんな団体に送りつけた経験があるんですよ─―誰も返事はくれなかったけれど(笑)。たまたま乗り合わせた乗客同士が会話を始めるという特殊な状況は、オペラにぴったりじゃないですか。ただ、当時は列車の中でのシーンだけが決まっていて、その先の展開は考えていませんでしたが。『アルマゲドンの夢』を読んでその時のことを思い出しました。
 ハリーとの歌曲でのコラボレーションの場合は、僕が先に曲を書いてそれに合わせて彼が歌詞を付けることが多かったのですが、今回のオペラの場合はハリーが先に台本を書きました。その後二人で話し合って改訂を重ねていきました。完成された台本に僕が作曲し始めてからも、「ここはこうしたいから、言葉を変えてくれる」など、多くのやり取りが行われました。ハリーは歌手出身ですから、最終的に歌手のパートをすべて歌って確認し、言葉と音楽が合っているかを確認します。その点、歌手ではない台本作家とは違うと思います。


――原作の設定をいくらか翻案されている部分もお二人で相談されたのでしょうか?

藤倉 ストーリーを変えているわけではないんですが、夢の中の出来事であるゆえに、さほど細かく描写されていない部分もあるので、人物像などを肉付けしたところはあります。たとえば、僕たちはオペラではベラを主人公にしたいと思いました。そのほうが21世紀の僕たちの世界にふさわしいストーリーになると思ったからです。僕たち二人とも娘がいますしね。小説では最高の美女として描かれているベラが、オペラでは政治的な使命感を持つ強い女性としてストーリーを率いるのです。


――独裁者のキャラクターはどのように肉付けされたのでしょうか?

藤倉 今まで独裁者の役なんて、作曲したことがありませんでした(笑)。そこがオペラを作曲する面白さなのです。たとえば弦楽四重奏曲を作曲する上では独裁者の音楽を書こうなんて考えもしませんし、とにかく美しい音楽を書くことに専念します。でもオペラではそうした独裁者の音楽を書くことをストーリー上強いられるわけです。ハリーと僕は、何時間もかけて歴代の独裁者のスピーチの動画をたくさん観て、そのスピーチ・パターンを分析しました。共通していたのは、フレーズのあいだの「間」を非常に効果的に使っているということでした。これまた偶然なんですが、この台本は2017年には書き上がっていて、まだ英国の首相はテリーザ・メイだった頃ですが、ハリーはこの独裁者イーヴシャムの下の名前に「ジョンソン」という名前を付けたんですよ(原作では独裁者は名字しかない)。本当に偶然なんですから(笑)。
 『アルマゲドンの夢』の作曲を通して、僕自身、多くの発見がありました。これまで僕は政治を題材にした作品は書いてきませんでした。曲の作風も、今まではどちらかというときれいですっきりした音楽が多いと思います。
 ところがハリーはまったく逆で、雑然としたものや汚いものに関心があって、家族旅行で外国に行っても街のゴミ箱の写真ばかり撮ったり(笑)。今回は、物語のカオス的な世界、そしてハリーのテキストに触発されて、僕自身もこれまでとは違ったカオス的な音楽を書くことを強いられました。


リディア・シュタイアーは演出家になるべくして生まれてきた人

――演出のリディア・シュタイアーさんについて教えてください。

藤倉 リディア・シュタイアーとは、共通の友人であるクレア・チェイス(フルート奏者で、ニューヨークの現代音楽集団インターナショナル・コンテンポラリー・アンサンブルのメンバー)を通して知り合いました。リディアとクレアはアメリカのオーバリン音楽院で一緒だったのです。リディアとは数年前にベルリンで初めて会ったのですが、彼女は昔から僕の音楽をクレアたちの演奏会で聴いて知っていたんだそうです。その時にいつか一緒にプロジェクトができるとよいね、という話になったのですが、その数ヶ月後にこのオペラのお話をいただいたので、大野芸術監督にリディアを起用したいとお伝えしたら、ぜひそうしましょう、ということで実現しました。それはリディアがザルツブルク音楽祭の『魔笛』の演出で一躍注目を浴びる直前のことでした。彼女はとりわけ合唱の扱いに優れているので、『アルマゲドンの夢』での群衆の扱いには注目です。


――シュタイアーさんとは舞台のコンセプトについて話し合ったりしましたか?

藤倉 いえ、していません。僕は自分の音楽については相当な完璧主義者ですが、オペラで他の分野の才能豊かな人々とコラボレーションする時には、彼らの仕事に口出ししないことを信条としています。なぜなら、彼らはその分野の専門家であり、僕は所詮は素人にすぎないわけですから。リディアはまさに演出家になるべくして生まれてきた人であり、好きなようにやってほしいと願っています。
 それでも、面白いのはオペラにおいては作曲家が一番のボスだと言えることですね。実は僕は少年の頃、映画音楽の作曲家になりたいと思っていた時期があるのですが─『エイリアン』や『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』などといったホラー映画で、大編成のオーケストラを使った音楽にワクワクさせられました─映画音楽の作曲家は映像に合わせて作曲していることを知ったときにはとてもがっかりしましたね。僕はてっきり、先に音楽があって、映像がその音楽に沿って撮影されたと思っていたのです(笑)。その意味では、オペラの創作においては作曲家が主導権を持っているわけです。
 僕にとって『ソラリス』(2015年)が初めて手がけたオペラだったのですが、その時はまだオペラが自分に向いているのかどうかわかりませんでした。ところが作曲を始めたら、経験したことのない気持ちにとらわれて、筆が止まらなくなりました。その時、オペラの作曲というのは、知らなかっただけで実はずっとやりたかったことなのだ、と実感したのです。演奏会用の器楽曲を書くよりも数倍楽しく感じました。なぜかといえば、僕は性格的にストーリーを伝えるのが好きだからです。もちろん、演奏会用の管弦楽曲や器楽曲においても、抽象的な形でストーリーを伝えてきました。たとえば僕の『マイ・バタフライズ』という曲は、妻が妊娠中に感じた感触を曲にしたものです。でも、オペラなら音楽を通じて具体的なストーリーを伝えることができるわけです。


指揮・演出・歌手
最高のチームで上演します

――『アルマゲドンの夢』の原作の叙述は、現実の世界と夢の世界を行ったり来たりしますが、オペラではどうされていますか?

藤倉 それについてはハリーと話し合った末、何度も行ったり来たりするとストーリーが分断されるので、列車のシーンは最初の数シーンだけにして、あとは夢の中のストーリーに集中することに決めました。
 なお、オペラはアカペラ合唱による序曲で始まります。それはストーリーの終末感を冒頭からはっきりと打ち出す音楽となっていて、ハリーが歌詞を書いてくれました。僕としては、徐々に物語が展開していくのではなく、冒頭からバン!と人々をオペラの世界に引き込みたいのです。アカペラの合唱で始まる作品って、オペラ史の中で他にはあまりないかもしれませんね。


――キャストをご紹介いただけますか?

藤倉 英語圏の歌手と日本人の歌手の混合キャストで、僕とリディアもキャスティングのアイデアを出しました。リディア自身が歌手出身ですから、彼女の人選は信頼しています。クーパー役のピーター・タンジッツは、リゲティの『グラン・マカーブル』など現代オペラを得意とするアメリカ人のテノール歌手です。ベラ役のジェシカ・アゾーディはリディアが推薦してくれたオーストラリア人のソプラノで、インターナショナル・コンテンポラリー・アンサンブルとも共演しています。独裁者役のセス・カリコはベルリンを中心に活躍するバス=バリトンで、悪役に定評があります。望月哲也さんと加納悦子さんは新国立劇場ではおなじみだと思います。曲はすでにでき上がっていますし、指揮・演出・歌手と最高のチームでお届けしますので、ぜひ観にいらしてください。

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